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最高裁判所大法廷 昭和26年(あ)3875号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人四名を各懲役三月に処する。

被告人西川、同谷口に対し第一審における未決勾留日数中各三〇日を右本刑に算入する。

第一審及び当審における訴訟費用は被告人四名の負担とする。

理由

被告人等の弁護人諌山博の上告趣意について。

所論は原判決は憲法一四条に違反すると主張するが、原判決は人種、信条、性別、社会的身分又は門地により被告人等を差別したものではないから、所論違憲の主張はその前提を欠き上告適法の理由にならない。

被告人等四名の上告趣意中国家公務員法並びに地方公務員法違反に関する点について。

所論は、国家公務員法一一〇条一七号及び地方公務員法六一条四号の規定が、それぞれ国家公務員又は地方公務員に対し、政府若くは地方公共団体の機関の活動能率を低下させるような怠業的行為の遂行をそそのかすことを禁止し処罰することは憲法二一条に違反するというのである。しかし、憲法における言論の自由といえども個人の無制約な恣意のままに許されるものではなく、公共の福祉のために調整されなければならぬ場合があるのである。されば国家公務員に対し、その使用者としての公衆を代表する政府の活動能率を低下させるような怠業的行為の遂行をそそのかし、又は地方公務員に対し、その使用者としての住民を代表する地方公共団体の機関の活動能率を低下させるような怠業的行為の遂行をそそのかすことは、それぞれ国民全体若くは住民全体に奉仕すべき国家公務員又は地方公務員の重大な義務の懈怠を慫慂し教唆するものであって公共の福祉に反し、憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱するものである。従って、かかる行為を処罰する旨を定めた、国家公務員法一一〇条一七号並びに地方公務員法六一条四号の各規定は、これを憲法二一条に違反するものとはいえない。そして、原判決判示の被告人等の行為は、まさに、政府又は、地方公共団体の機関の活動能率を低下させるような行為の遂行をそそのかしたものにあたるから、原判決が被告人等を処罰したのは正当であって、論旨は理由がない。

被告人四名の上告趣意中昭和二五年政令三二五号違反に関する点について。

裁判官真野毅、同小谷勝重、同島保、同藤田八郎、同谷村唯一郎、同入江俊郎の意見は、昭和二五年政令三二五号「占領目的阻害行為処罰令」は、平和条約発効と同時に当然失効し、その後に右政令の効力を維持することは、憲法上許されないから本件政令違反の点については犯罪後の法令により刑が廃止された場合にあたるとするものであること、昭和二七年(あ)第二八六八号同二八年七月二二日言渡大法廷判決記載の右六裁判官の意見のとおりであり、又裁判官栗山茂、同岩松三郎、同河村又介、同小林俊三の意見は、右政令三二五号は、平和条約発効後においては、本件に適用されている昭和二〇年九月一〇日附連合国最高司令官の「言論及び新聞の自由」と題する覚書第三項の「連合国に対する虚偽又は破壊的批評及び風説」を「論議すること」を禁止する部分は憲法二一条に違反するから、右指令を適用するかぎりにおいて、平和条約発効と共に失効し、従って、本件政令違反の点は犯罪後の法令により刑の廃止があった場合にあたるとすること、昭和二七年(あ)第二〇一一号同三〇年四月二七日言渡大法廷判決記載の栗山、岩松、河村、小林各裁判官の意見のとおりである。よって以上一〇裁判官の意見によれば、本件は犯罪後に刑が廃止されたときにあたるから原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。

よって刑訴四一一条により原判決を破棄し、同四一三条但書により更に判決するのであるが、原判決の確定した事実中、国家公務員に対し怠業的行為をそそのかした点は、刑法六〇条、国家公務員法一一〇条一七号に、地方公務員に対し怠業的行為をそそのかした点は、刑法六〇条、地方公務員法六一条四号にあたり、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により犯情重い国家公務員法一一〇条一七号違反罪の刑に従い所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において被告人等を各懲役三月に処し、刑法二一条により被告人西川、同谷口に対し第一審における未決勾留日数中各三〇日を右本刑に算入し、刑訴一八一条に則り第一審及び当審における訴訟費用は被告人四名の負担とする。次に各昭和二五年政令三二五号違反の点は、犯罪後に刑の廃止があったときにあたること前記のとおりであるが右は、前記国家公務員法違反並に地方公務員法違反の罪と、一個の行為で数個の罪名に触れるものとして起訴されたものであるから特に主文において免訴の言渡をしない。よって主文のとおり判決する。

昭和二五年政令第三二五号違反の点に関する裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の反対意見は、次のとおりである。

平和条約発効前に犯した昭和二五年政令三二五号違反の罪に対する刑罰は平和条約発効後といえども、廃止されたものといえないことは前記昭和二七年(あ)第二〇一一号の大法廷判決記載の意見のとおりである。

なお、右政令違反の点に対する各裁判官の補足意見は前記昭和二七年(あ)第二〇一一号の大法廷判決に記載乃至引用したとおりである。

国家公務員法違反並びに地方公務員法違反の点に対する裁判官栗山茂の補足意見は次のとおりである。

本件被告人等の行為が国家公務員若くは、地方公務員に対し、それぞれ政府若くは、地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をそそのかしたものとし処罰し得るためには、被告人等の表現した言動全体が、怠業的行為の遂行という違法行為の現実に発生する危険が充分あるという客観的事情の下においてされたということが検察官によって証明されなければならない。従って本件文書の単なる文言だけから実害の危険性があると判断することは、証拠によらないで危険性の存在を推断する嫌があり、違法であることは昭和二七年(あ)第一二〇三号同二七年八月二九日第二小法廷判決記載のわたくしの補足意見のとおりである。

しかしながら、本件紙片は日本共産党の対警察工作の一環として、同党の指示により作成されたもので、本件紙片と同一内容の紙片が全国的に配布された事実は、本件と同一内容の紙片を配付し或は公然貼附したことを内容とする本件と同種の事件が全国各地の裁判所で裁判せられ、それに対する上告事件が多数当裁判所に係属している事実に徴し明らかである。してみれば前記危険性の現存する事実は、これを認め得るのでこの点について本件に刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

裁判官霜山精一、同井上登は退官につき評議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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